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ババ

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2月16日はシヴァラートリー。ヒンズー教の主神のひとり、シヴァ神の誕生日。聖地バラナシには、この日を祝うためたくさんのババ(行者)が集まっている。
今年はバラナシからそう遠くない町で、クンブメーラという12年に一度の祭りが開かれていた。その祭りに参加していたババが、今はバラナシに集結している。

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普段はヒマラヤの奥地にこもって修行しているババも、この日のために山から下りてきていた。裸の体に灰だけ塗って、ガンジス河沿いにテントを立てて、祈り、梵をして、訪れる巡礼者を祝福しながらシヴァの誕生日を待つババがたくさんいる。

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ババ達のテントを覗き込むと、手招きして迎えてくれ、静かにチャイを勧めてくれる。英語の話せるババはほとんどおらず、身振り手振りと片言のヒンドゥー語で話をする。
「どこからきたの?」とババに聞くと、「ハリドワールの奥から」という。ハリドワールは、ガンジスの源流に近い聖地だ。その奥にはヒマラヤ山脈が連なる。ババはそこで修行しているようだ。同じ人間なのに、ババとわたしは随分違う生活を送っている。

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「修行して、何を見つけたいの?」「ババの家族はどうしたの?」
聞きたいことはたくさんあったけれど、言葉が通じない。ババは静かに、火鉢をかき混ぜる。わたしは黙ってチャイを飲む。視線が合うと、ババは目の端で笑う。

バラナシは明日、何万回目かシヴァの誕生日を迎える。
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by tomokoy77 | 2007-02-16 20:54 | India  

ブータン

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ダージリンから南東に行ったところに、ジャイガオンという町がある。ブータンと国境を接した小さな、しかし猛烈にゴミゴミした町だ。
写真左は、イミグレーション。門の向こうはブータン側の町プンツォリンだ。両国の国境はこの門と、写真右のような幅1mほどの側溝で隔たれている。

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ブータンは半鎖国状態を続けている国で、ビザがあっても自由旅行はできず、一般の外国人観光客には一日200ドル以上の強制使用が義務付けられている。
しかし、ここプンツォリンだけは、ビザも200ドルも必要なく、お金はないけどブータンを垣間見たい外国人にとってありがたい国境であるはずだった。

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イミグレーションの門を抜けて、ブータンに入国。パスポートチェックも何も無い。が、しばらくして振り返ると、一緒に門をくぐった人たちの姿が見えない(あとで分かったが、イミグレの係官に止められていた)。
そう。この国境が外国人に対して開放されていたのは2年前までの話。現在、外国人はブータンビザを取得し、ツアーに参加しなければ入国できないそうだ。

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でも、入国できちゃったよ・・・。
ブータン人は日本人に似ている。民族衣装は日本の着物にそっくりだし、洋服を着ている若い子の中には、日本人と見間違えそうな子もたくさんいる。係官はわたしをブータン人だと思ったんだろうな。
プンツォリンにはインド人も多く、隣のジャイガオンと違うところといえば、建物の造り、仏教寺院があること、そして何よりも路上にゴミが落ちていないということくらい。でも、まあ、なにはともあれここはブータンなのだ。
プンツォリンは30分もあれば一周できてしまう小さな町だった。ゴミの無い快適な道を歩き、寺に参拝し、ブータンの空気を思いっきり吸って、ゴミと人が溢れかえるインドに戻った。
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by tomokoy77 | 2007-02-11 21:14 | India  

西ベンガル州北部及びシッキム州の10日間

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コルカタから列車に乗って北に向かう。途中の駅で、世界遺産に登録されているトイトレインという、その名の通りおもちゃのように小さな登山列車に乗り換えて、最初に目指したのはダージリン。紅茶の産地で有名な街だ。

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目的は、第一に山を見ること。ダージリンのずっと北、チベットとの国境あたりに、カンチェンジュンガという世界で3番目に高い山がある。
しかし、連日の曇り。のみならず、霧に雨。日照時間はゼロに等しく、洗濯物は3日干しても乾かない。なにより、寒すぎる。山もほとんど見えず、寒さに震え、雨に降り込められ・・・。

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ダージリンの町外れに、ヒマラヤ登山学校という、登山家を育成するための学校がある。初代校長は、テンジン・ノルゲイ。エベレストに初登頂したシェルパだ。
学校併設の博物館には、ノルゲイがエベレスト登頂時に使用した装備が飾られていた。こんな装備で登ったのか!?驚くほど粗末なものばかり。
博物館の一角には、田部井淳子さんのサイン入りパネルがあった。エベレスト女性初の登頂者だ。他にも歴代の登山家たち。大半が山で命を落としている。

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ダージリンを後にして、さらに北へ、シッキム州のぺリンへ向かった。40軒のホテルと、数軒の雑貨屋から成る、山を見るためだけに存在するような村。
そこに4泊した。結局、一度も山を見ることができなかった。連日濃い霧が出て、ただ寒さに震えるばかり。それでも、シーズンオフの村は静かでのんびりしたいいところだった。ここまで来ると、いわゆるインド人の姿はかなり少なくなり、代わりにネパール人やチベット人の姿が目立つ。チベット人の容姿は日本人にとても似ているから、時々日本の田舎に来たような錯覚を覚えることがある。

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インドといえばとにかくカレーばかり食べているイメージがあって、それはあながち間違ってもいないのだが、このあたりではチベット料理もよく目にする。トゥクパといううどんに似たものや、モモという蒸し餃子はどこでも食べられる。香辛料に疲れた胃にはありがたい。
ぺリンを後にして、シッキム州の州都ガントクヘ向かった。そして、10日ぶりに、雲の隙間からわずかにのぞく青空を見た。夜には星も出た。明日はきっと晴れると信じて、朝6時、寒さに耐えて、ホテルの屋上へ出た。

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さえぎるものの何もない北の空に、カンチェンジュンガが、朝日を受けて赤く染まりはじめていた。願って願ってようやく目にしたその姿は、本当に神々しかった。
(ところで、豊川のおばちゃんはブログを見ているだろうか?おばちゃーん、シッキムは蘭で有名らしいね。日本にはもって帰れないけど、きれいな蘭がたくさんあったよ。花祭りもあるみたい。いつかおじちゃんと来てはどうですか?)
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by tomokoy77 | 2007-02-10 23:54 | India