Huaina Potosi 2
午後11時半、起床。結局ほとんど眠れなかった。
シリアルを食べ、アタックザックだけ持って、
午前0時半、H.C.を発つ。
昨日降り続けていた雪のせいで、
トレースは全て消えたと思っていたが、
しっかりとした足跡がついている。
先行するグループがあるのだろう。
それでも雪は深い。初めて履くプラ靴やアイゼンも重い。
トレッキングとは比較にならない運動量。
歩き出して早々に、ここへ来たことを後悔する。
北に、エルアルトの夜景が
赤くゆらゆら燃えている。
ヘッドライトで照らしながら、雪の降る中を黙々と歩く。
斜度20~30度。
が、アイゼン歩行のコツが掴めない。
時折ルートのすぐ脇に大きなクラックがあり、
ガイドのエウロヒオとザイルを結んではいるものの、
氷の裂け目の大きさにぞっとする。
2時間ほど歩いたところで、斜度70度ほどの壁に出る。
ここで先行していたフランス人とガイドの2名に追いつく。
「この壁をトレースし直登する」とガイドが言った。
壁を見上げた。ギャグかと思った。
フランス人達が先に行く。
待っている間に体がどんどん冷えていく。
15分ほど待って、ようやくわたしたちの番がくる。
エウロヒオが先に登り、支柱にザイルを固定した後、わたしに「上がれ」の指示。
ピッケル一本とアイゼンで這い上がれという。しかしピッケルの使い方がよく分からない。
そのうえ氷壁には大きな突起があり、それを避けて回り込む時、
右足のアイゼンが壁を掴み損ねて滑った。慌てて左手でザイルを掴む。
下は、クレバスだ。なんとか体勢を立て直す。
素人にこれは無理だ。甘く見ていた。馬鹿だった。
いつクレバスに落っこちるかもしれないわたしとザイルを結んでいる
エウロヒオにも申し訳なくなった。
いくらそれが仕事とはいえ、こんな危なっかしい相手と結ばせるのは酷だ。
もういいよ。ここでいいよ。帰ろうよ。
頭の中ではそう思うのに、言い出せない。
ノーマルルートから北峰を目指すには、この壁を越えるしかない。
ここさえ越えれば。やたらにピックルを振り回して、なんとか登る。
半泣きになりつつ壁を越え、稜線に出る。と、吹雪。
横殴りの風。体が飛ばされそうだ。
温度計を見ると、-8℃。
体感温度はそんなもんじゃないだろう。
目だし帽から出ている皮膚が痛い。
午前5時前。空が明るくなってきた。
途中、何度かクレバスを飛び越える必要があった。
幅はわずか50センチほどか。
しかしその深さを思うと、足がすくんでなかなか跳べない。
ガイドが急かす。「落ちても引っ張りあげてやるから跳べ」と言う。
アイゼンで助走をつけて無理やり跳ぶ。そんなことが3度ほど続いた。
20歩歩くごとに足が止まる。
息をするのがきつくなってきた。
殆ど何も入っていないリュックすら重く感じる。
まだか?まだか?まだか?
吹雪はやんで、空がどんどん白んできた。
午後6時前。歩き出して約5時間半後。
ようやく頂上へと登る斜面の登り口に着いた。
斜度45度。
しかし、下から見上げるその斜面は、
斜度60度にも70度にも見えた。
標高はすでに6000メートル近いだろう。
息は苦しく、足は疲れきっている。
その斜面を見て、先行のフランス人は「帰る」と言った。
「頂上はもうこの上だぞ」と、彼のガイドが説得したが、
「無理だ、帰る」と彼は言い、わたしたちだけが残された。
「わたしも帰りたい」と言えなかった。
そう思っていたのに。
今日初めてのまともな休憩を取る。
カチカチのチョコレートを口に入れ、テルマスから熱いコカ茶を飲む。
午後6時。斜面を登り始める。
エウロヒオがトップで登り、わたしが追う。
斜度45度といっても、この高度感。
下を見ると、斜面の急さに目がくらむ。
ピッケル一本とアイゼンの爪だけでは落ちるような気がして、
つい斜面に膝をついてしまう。
「体を斜面から離せ」と何度も注意されるが、どうにも怖い。
さっき氷壁でアイゼンの爪が氷を掴み損ねて滑ったときの恐怖が残っていて、
3点保持だけでは心許ない。どうやったらもっと楽に登れるのか。
エウロヒオの登る様子をよく観察するが、うまく真似することができない。
青がぐんぐん明るくなって、朝日が昇った。
そんなものは気にも留めず、エウロヒオは黙々と登っていく。
右手でピッケルを立てる。
左足のアイゼンの爪先を壁から離し、
上に持ち上げて氷壁に蹴りこむ。右足も同様に。
1メートル上がる。
そのために使うエネルギーはどれほどか。
右、左、右、左。
氷壁を蹴り続ける足が、ぐったり重くなってきた。
ピッケルを立てる右腕もだるい。
この斜面は、4ピッチ。距離にして160メートルほど。
たかだかその160メートルに
いったいどれだけの時間を費やしているのか。
時計を見れば、登り始めてもう1時間になる。
2度蹴り込めば、氷壁にしっかりと入りこんでいたアイゼンは、
今や3度4度と蹴り込まなければ固定されない。
ふくらはぎが、疲労で熱い。
日はすっかり昇りきり、雪の白が眩しくなってきた。
日焼け止めをぬり、サングラスを出さなくてはいけない。
なんとしても、今それをやらなければいけない。
しかし、そんな気力も体力もどこにもない。
ただこの足を交互に上げる。それが精一杯。
「もっと速く」とエウロヒオが急かす。
「遅れると、下山が大変だから」と。
「下山のことなんか今は考えられないよ!!」と日本語で叫ぶ。
エウロヒオが困った顔でわたしを見下ろす。
・・・八つ当たりしている場合じゃない。喋る気力があったら、1メートルでも登ろう。
ふと上を見上げれば、頂上まではもう10メートルほどか。
が、その10メートルが、さっきから一向に縮まらない。
登っているつもりで、実はさっきから一歩も動いていないんじゃないかという気がしてきた。
頭痛はないが、もう標高6000メートルを越えている。意識障害かもしれない。
(実際、ここまでの数枚の写真について、撮った記憶もなければ、こんな風にオレンジ色に染まった雪の景色を見た覚えもない。下山後にデジカメで見て驚いた。)
最後の数メートルをどうやって登ったか、何を考えていたか、
記憶は全くといっていいほどない。
ただ吐きそうだったことと、
「あと一歩登ったらもうやめよう」と
繰り返し思っていたことだけを、なんとなく覚えている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
気付けば、そこにいた。
2005年11月11日、午前7時30分。
ワイナポトシ北峰 6.088m
ノーマルルートより登頂。
もういいよね? ここより高いところには、わたしはもうたぶん行けないよ。
ばいばい。 もうこれで、終わりにしよう。
眼下に雪山。遠くに、チチカカ湖。
この山より高いはずのイリマニ山も、
見下ろす位置にある。
少なくとも、今目に見えている景色の中に、
ここより高い場所はどこにも見当たらない。
午前8時、下山開始。
分かっていたことだけど、下りは登りより数倍怖い。
その上すっかり明るくなっていて、
なにもかもがよく見渡せる。
つまりは、行きよりも高度感がさらに増している。
何メートルも降り積もった雪が、
青白い、不思議な層を形成している。
なんてきれいなんだろう。
今日ここまで登ってきたのはわたしとエウロヒオだけ。
この景色を見ることができたのも。
が、その景色を楽しんでいる余裕はない。
さっきから、もう何度足を滑らしていることか。
その度に雪の斜面を数メートル滑り落ち、
アイススクリューとエウロヒオによって支えられたザイルで停止する。
身体が止まる瞬間、ハーネスに軽い衝撃。
滑らないよう、氷にアイゼンをしっかりと咬ませなければいけない。でももう足の力がない。
その上、真東を向いた斜面では雪や氷の表面が解け始め、つるつると滑るのだ。
1時間以上かかって、ようやく斜面を下りきった。
雪道をまた延々歩く。
解け始めた雪はアイゼンの下で大きな玉になって固まり、
そのせいで何度も転ぶわたしを見かねて、
エウロヒオがわたしのアイゼンを外してくれた。
さっきよりも歩きやすいが、アイゼンを外したプラスチックブーツの底も、それはそれで、しょっちゅう滑る。
行きに苦労した氷壁のところまで来た。
エウロヒオが支柱を使ってザイル確保してくれ、わたしが先に降りていく。
壁がえぐれている所もあり、足を下へ伸ばしてもアイゼンの爪が何にも触れずぞっとする。
下方の支柱まで下り、
エウロヒオに言われた通り、
ザイルの一部に作られた輪を支柱に掛けて自己確保する。
上にいるエウロヒオに「OK」と声を掛けた次の瞬間、
アイゼンの爪が氷壁からはずれた。
ハーネスから伸びるザイルと支柱によって、
体はクレバスに転落することなく、氷壁の途中で止まっていた。
が、体は完全に逆さまになっている。
頭のずっと下に、クレバスが口を開けている。
その瞬間、不思議と冷静だった。
なんとか体勢を戻さなければと、
クレバスに落とすことなく握っていたピッケルを壁に立て、
アイゼンの爪を支点に、反動をつけて体を起こした。
何度目かで、ようやく元の位置に戻る。
起き上がったのち、エウロヒオが降りてくるまでの間、
クレバスの深さを改めて見て、急に怖くなった。・・・死ぬところだった。
午後12時。下山に4時間もかかって、H.C.着。
食欲は未だなく、テントをたたみ、
ガレ場を下ってB.C.を目指す。
雪を吸ったブーツやオーバーパンツは
ザックの中で行きよりも重く、
「こんなにしんどいことは2度とやらない」と
心に誓いつつ山を後にする。
※下山後5日が経って※
ラパスからわずか50kmほどの距離にある Huaina Potoshi 山(6.088m)は、
ボリビア国内に数多くある6000m以上の山の中でも、比較的簡単に登頂できると言われる。
ガイドと2人きりで行った場合、料金は全て込みで約100ドル(1泊2日)。
アイスクライミングの経験がない人のために、中一日クライミング講習を受けることができる
2泊3日のコースもあり、こちらは125ドル~。
いずれも、5~9月のハイシーズンは更に20~30ドル高くなる。
経験のある人なら、もちろん一人で行くことも可能。
ラパスの街に帰ってきたときは心身ともにぐったりで、
プラスチックブーツで締め付けていた両足首は腫れ上がり、
顔は日焼けでがさがさで、クレバスに落ちかけた恐怖も生々しく、
「絶対二度と登らん」と思っていたけど、今になってみれば登ってよかったと思う。
雪山登山どころか、まともな登山も初めて。
トレッキングとは随分違った。しんどさ桁違いだけど、その分見えるものも違った。
・・・・・・でももう、しばらくは登らなくていいな。
シリアルを食べ、アタックザックだけ持って、
午前0時半、H.C.を発つ。
昨日降り続けていた雪のせいで、
トレースは全て消えたと思っていたが、
しっかりとした足跡がついている。
先行するグループがあるのだろう。
それでも雪は深い。初めて履くプラ靴やアイゼンも重い。
トレッキングとは比較にならない運動量。
歩き出して早々に、ここへ来たことを後悔する。
北に、エルアルトの夜景が
赤くゆらゆら燃えている。
ヘッドライトで照らしながら、雪の降る中を黙々と歩く。
斜度20~30度。
が、アイゼン歩行のコツが掴めない。
時折ルートのすぐ脇に大きなクラックがあり、
ガイドのエウロヒオとザイルを結んではいるものの、
氷の裂け目の大きさにぞっとする。
2時間ほど歩いたところで、斜度70度ほどの壁に出る。
ここで先行していたフランス人とガイドの2名に追いつく。
「この壁をトレースし直登する」とガイドが言った。
壁を見上げた。ギャグかと思った。
フランス人達が先に行く。
待っている間に体がどんどん冷えていく。
15分ほど待って、ようやくわたしたちの番がくる。
エウロヒオが先に登り、支柱にザイルを固定した後、わたしに「上がれ」の指示。
ピッケル一本とアイゼンで這い上がれという。しかしピッケルの使い方がよく分からない。
そのうえ氷壁には大きな突起があり、それを避けて回り込む時、
右足のアイゼンが壁を掴み損ねて滑った。慌てて左手でザイルを掴む。
下は、クレバスだ。なんとか体勢を立て直す。
素人にこれは無理だ。甘く見ていた。馬鹿だった。
いつクレバスに落っこちるかもしれないわたしとザイルを結んでいる
エウロヒオにも申し訳なくなった。
いくらそれが仕事とはいえ、こんな危なっかしい相手と結ばせるのは酷だ。
もういいよ。ここでいいよ。帰ろうよ。
頭の中ではそう思うのに、言い出せない。
ノーマルルートから北峰を目指すには、この壁を越えるしかない。
ここさえ越えれば。やたらにピックルを振り回して、なんとか登る。
半泣きになりつつ壁を越え、稜線に出る。と、吹雪。
横殴りの風。体が飛ばされそうだ。
温度計を見ると、-8℃。
体感温度はそんなもんじゃないだろう。
目だし帽から出ている皮膚が痛い。
午前5時前。空が明るくなってきた。
途中、何度かクレバスを飛び越える必要があった。
幅はわずか50センチほどか。
しかしその深さを思うと、足がすくんでなかなか跳べない。
ガイドが急かす。「落ちても引っ張りあげてやるから跳べ」と言う。
アイゼンで助走をつけて無理やり跳ぶ。そんなことが3度ほど続いた。
20歩歩くごとに足が止まる。
息をするのがきつくなってきた。
殆ど何も入っていないリュックすら重く感じる。
まだか?まだか?まだか?
吹雪はやんで、空がどんどん白んできた。
午後6時前。歩き出して約5時間半後。
ようやく頂上へと登る斜面の登り口に着いた。
斜度45度。
しかし、下から見上げるその斜面は、
斜度60度にも70度にも見えた。
標高はすでに6000メートル近いだろう。
息は苦しく、足は疲れきっている。
その斜面を見て、先行のフランス人は「帰る」と言った。
「頂上はもうこの上だぞ」と、彼のガイドが説得したが、
「無理だ、帰る」と彼は言い、わたしたちだけが残された。
「わたしも帰りたい」と言えなかった。
そう思っていたのに。
今日初めてのまともな休憩を取る。
カチカチのチョコレートを口に入れ、テルマスから熱いコカ茶を飲む。
午後6時。斜面を登り始める。
エウロヒオがトップで登り、わたしが追う。
斜度45度といっても、この高度感。
下を見ると、斜面の急さに目がくらむ。
ピッケル一本とアイゼンの爪だけでは落ちるような気がして、
つい斜面に膝をついてしまう。
「体を斜面から離せ」と何度も注意されるが、どうにも怖い。
さっき氷壁でアイゼンの爪が氷を掴み損ねて滑ったときの恐怖が残っていて、
3点保持だけでは心許ない。どうやったらもっと楽に登れるのか。
エウロヒオの登る様子をよく観察するが、うまく真似することができない。
青がぐんぐん明るくなって、朝日が昇った。
そんなものは気にも留めず、エウロヒオは黙々と登っていく。
右手でピッケルを立てる。
左足のアイゼンの爪先を壁から離し、
上に持ち上げて氷壁に蹴りこむ。右足も同様に。
1メートル上がる。
そのために使うエネルギーはどれほどか。
右、左、右、左。
氷壁を蹴り続ける足が、ぐったり重くなってきた。
ピッケルを立てる右腕もだるい。
この斜面は、4ピッチ。距離にして160メートルほど。
たかだかその160メートルに
いったいどれだけの時間を費やしているのか。
時計を見れば、登り始めてもう1時間になる。
2度蹴り込めば、氷壁にしっかりと入りこんでいたアイゼンは、
今や3度4度と蹴り込まなければ固定されない。
ふくらはぎが、疲労で熱い。
日はすっかり昇りきり、雪の白が眩しくなってきた。
日焼け止めをぬり、サングラスを出さなくてはいけない。
なんとしても、今それをやらなければいけない。
しかし、そんな気力も体力もどこにもない。
ただこの足を交互に上げる。それが精一杯。
「もっと速く」とエウロヒオが急かす。
「遅れると、下山が大変だから」と。
「下山のことなんか今は考えられないよ!!」と日本語で叫ぶ。
エウロヒオが困った顔でわたしを見下ろす。
・・・八つ当たりしている場合じゃない。喋る気力があったら、1メートルでも登ろう。
ふと上を見上げれば、頂上まではもう10メートルほどか。
が、その10メートルが、さっきから一向に縮まらない。
登っているつもりで、実はさっきから一歩も動いていないんじゃないかという気がしてきた。
頭痛はないが、もう標高6000メートルを越えている。意識障害かもしれない。
(実際、ここまでの数枚の写真について、撮った記憶もなければ、こんな風にオレンジ色に染まった雪の景色を見た覚えもない。下山後にデジカメで見て驚いた。)
最後の数メートルをどうやって登ったか、何を考えていたか、
記憶は全くといっていいほどない。
ただ吐きそうだったことと、
「あと一歩登ったらもうやめよう」と
繰り返し思っていたことだけを、なんとなく覚えている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
気付けば、そこにいた。
2005年11月11日、午前7時30分。
ワイナポトシ北峰 6.088m
ノーマルルートより登頂。
もういいよね? ここより高いところには、わたしはもうたぶん行けないよ。
ばいばい。 もうこれで、終わりにしよう。
眼下に雪山。遠くに、チチカカ湖。
この山より高いはずのイリマニ山も、
見下ろす位置にある。
少なくとも、今目に見えている景色の中に、
ここより高い場所はどこにも見当たらない。
午前8時、下山開始。
分かっていたことだけど、下りは登りより数倍怖い。
その上すっかり明るくなっていて、
なにもかもがよく見渡せる。
つまりは、行きよりも高度感がさらに増している。
何メートルも降り積もった雪が、
青白い、不思議な層を形成している。
なんてきれいなんだろう。
今日ここまで登ってきたのはわたしとエウロヒオだけ。
この景色を見ることができたのも。
が、その景色を楽しんでいる余裕はない。
さっきから、もう何度足を滑らしていることか。
その度に雪の斜面を数メートル滑り落ち、
アイススクリューとエウロヒオによって支えられたザイルで停止する。
身体が止まる瞬間、ハーネスに軽い衝撃。
滑らないよう、氷にアイゼンをしっかりと咬ませなければいけない。でももう足の力がない。
その上、真東を向いた斜面では雪や氷の表面が解け始め、つるつると滑るのだ。
1時間以上かかって、ようやく斜面を下りきった。
雪道をまた延々歩く。
解け始めた雪はアイゼンの下で大きな玉になって固まり、
そのせいで何度も転ぶわたしを見かねて、
エウロヒオがわたしのアイゼンを外してくれた。
さっきよりも歩きやすいが、アイゼンを外したプラスチックブーツの底も、それはそれで、しょっちゅう滑る。
行きに苦労した氷壁のところまで来た。
エウロヒオが支柱を使ってザイル確保してくれ、わたしが先に降りていく。
壁がえぐれている所もあり、足を下へ伸ばしてもアイゼンの爪が何にも触れずぞっとする。
下方の支柱まで下り、
エウロヒオに言われた通り、
ザイルの一部に作られた輪を支柱に掛けて自己確保する。
上にいるエウロヒオに「OK」と声を掛けた次の瞬間、
アイゼンの爪が氷壁からはずれた。
ハーネスから伸びるザイルと支柱によって、
体はクレバスに転落することなく、氷壁の途中で止まっていた。
が、体は完全に逆さまになっている。
頭のずっと下に、クレバスが口を開けている。
その瞬間、不思議と冷静だった。
なんとか体勢を戻さなければと、
クレバスに落とすことなく握っていたピッケルを壁に立て、
アイゼンの爪を支点に、反動をつけて体を起こした。
何度目かで、ようやく元の位置に戻る。
起き上がったのち、エウロヒオが降りてくるまでの間、
クレバスの深さを改めて見て、急に怖くなった。・・・死ぬところだった。
午後12時。下山に4時間もかかって、H.C.着。
食欲は未だなく、テントをたたみ、
ガレ場を下ってB.C.を目指す。
雪を吸ったブーツやオーバーパンツは
ザックの中で行きよりも重く、
「こんなにしんどいことは2度とやらない」と
心に誓いつつ山を後にする。
※下山後5日が経って※
ラパスからわずか50kmほどの距離にある Huaina Potoshi 山(6.088m)は、
ボリビア国内に数多くある6000m以上の山の中でも、比較的簡単に登頂できると言われる。
ガイドと2人きりで行った場合、料金は全て込みで約100ドル(1泊2日)。
アイスクライミングの経験がない人のために、中一日クライミング講習を受けることができる
2泊3日のコースもあり、こちらは125ドル~。
いずれも、5~9月のハイシーズンは更に20~30ドル高くなる。
経験のある人なら、もちろん一人で行くことも可能。
ラパスの街に帰ってきたときは心身ともにぐったりで、
プラスチックブーツで締め付けていた両足首は腫れ上がり、
顔は日焼けでがさがさで、クレバスに落ちかけた恐怖も生々しく、
「絶対二度と登らん」と思っていたけど、今になってみれば登ってよかったと思う。
雪山登山どころか、まともな登山も初めて。
トレッキングとは随分違った。しんどさ桁違いだけど、その分見えるものも違った。
・・・・・・でももう、しばらくは登らなくていいな。
by tomokoy77 | 2005-11-11 00:30 | Bolivia